難病と地域生活(2020年度)

院生代表者

  • ユ・ジンギョン

教員責任者

  • 立岩 真也

概要

 <目的>
 本研究プロジェクトの目的は、難病を持つ人たちの地域生活について、何が必要で何が足りていないのかを難病当事者の視点から明らかにすることである。京都では約10年前に、制度や体制が十分とはいえない中、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の人たちの地域移行、地域生活が有志によって取り組まれ、実現した。本研究プロジェクトでは、制度や体制が整備されてきた中で、何が変わって何が変わっていないのか、何が必要なのかを実践的な取り組みと、他の難病との視点を織り交ぜながら、明らかにしていく。
<内容>
 京都では、最重度の難病とされるALS(筋萎縮性側索硬化症)である甲谷匡賛さんが、2007年に地域で独居生活を実現した。そのあと2008年に杉江眞人さんが地域での一人暮らしを実現している。彼らは、家族がいない中での地域移行、地域生活であり「家族がいない」ことが、大きな壁となり、家族に求められる役割――家族がすべきかどうかは別として――が浮き彫りにされる形でそれらが実現していった。
 一方で、増田英明さんは家族と一緒に暮らしながらの地域生活を2006年に実現した。そこでは、「家族がいる」ことがサービス利用の壁となって立ちはだかった。こうした京都での取り組みは、家族がいる/いないにかかわらず、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(障害者総合支援法)や難病の患者に対する医療等に関する法律(難病法)の成立の前に実行、実現されたことである。
 制度や体制が整備されてから、軽症者とされてしまう難病も含めて、様々な難病を持つ人たちの問題や課題がみえるようになってきた。難病であることは同じであるにもかかわらず病名や症状によって利用できる制度が限られ、さらには同じ病名であっても環境や資源、関係性によって分けられてしまっている。たとえば、ALSの人たちは、家族がいないために地域で生活することが選択肢として示されなかったり、家族がいることで利用できるサービスが限られてしまったりしている。とくに家族の存在をめぐっては、24時間の他人介助を可能とする仕組みが用意されていない諸外国では、家族が多大な介助の負担を担うか、自費で介助者を雇うしかない。韓国では、わずかな公的サービスしか受けられない仕組みの中、医療的ケアの担い手が家族以外に認められていないために、実質的に家族がいなければ人工呼吸器を装着するという選択ができない。このように、難病の人たちの生活は、常に環境や資源に左右されている。本プロジェクトではこうした難病の人たちが、病名や症状によって分けられることなく安心して暮らせる仕組みを難病の人たちの視点から考えたい。
 そこで、これまで京都でALSの地域移行や地域生活に取り組んできた人たち、実際に地域で生活している人たち、これから地域移行をして地域で生活をしようとしている人たち、本人や家族、支援者たちの実践やインタビューから得られた実証データを見合わせながら、何が変わって何が変わっていないのか、何が必要なのかを分析し、明らかにする。このとき、本人がどのように主体性を獲得していくか、獲得してきたかにも注目する。障害者運動では介助者や家族との関係において主体性が求められ、家族に頼らず生活する仕組みを作ってきた。家族がいる/いないにかかわらず、また他人の介助を受けながら家族と一緒に暮らすという生活も含めて、多様な生活を認めるためには、24時間の他人介助を可能とする仕組みがない韓国などアジアを中心に事例を集積していく必要がある。そうしたアジアの事例との比較、検討から生活の多様性の在り様を探っていくのは、本研究プロジェクトの独創的な点である。
<方法>
 具体的には、①実際にこれから地域移行、地域生活をしようとしているALSのFさん、Hさんの事例の記録、②本人や家族、支援者たちへのインタビュー調査とデータの収集、③国内外の学会での研究発表や活動を通じた情報の集積とデータ取集、を行なう。①と②で得られたデータや資料は、随時、生存学のホームページに掲載していく。③については、とくにアジアを中心とした事例の集積には、生存学研究所の研究活動への積極的な参画と障害学国際セミナーでの研究報告、アジアの患者会の活動の同行と交流、ALS国際セミナーへの参加を通じて進めていく。研究成果は報告書にまとめて配布する。実際の生活に密接したプロジェクトであるため、年度内に情報収集や交流を目的とした研究会を当事者の講師を招いて開催し、年度末には当事者たちを集めた報告会を開催する。
<意義>
 本研究プロジェクトは、難病の本人やその家族、支援者たちとかかわり、実際の生活場面で生じる問題や課題を解明し、得られた知見を生活の場に還元して難病をとりまく政策や支援体制に抜本的な見直しを迫るものである。すなわち、現状の医学モデル・個人モデルに基づく政策や支援体制から多様な生活や障害の特性を基軸とした政策や支援体制への転換につなげることを目的とした研究である。本研究プロジェクトの最大の意義は、難病の本人やその家族、支援者たちとかかわり、実際の生活場面から知見や情報を得ながら研究を進めながらも、当事者性や現場性に同一化することなく、難病をめぐる問題を理論的かつ経験的に検討していくことである。このことは、障害を福祉の対象として議論を展開していく従来の社会福祉学では捉えることができなかった現象や社会関係を明らかにする点で、学術的な意義がある。さらに、すでに京都での取り組みがあることによって比較検討が可能であり、より具体的な議論の枠組みを提示することが可能である。

活動内容

 本年度は、コロナ状況下において変更を迫られながらも、①実際にこれから地域移行、地域生活をしようとしているALSのFさん、Hさんの事例の記録、②本人や家族、支援者たちへのインタビュー調査とデータの収集、③国内外の学会での研究発表や活動を通じた情報の集積とデータ取集に取り組んだ。

成果及び今後の課題

 事例やインタビューからは、24時間の他人介助を可能とする仕組み――重度訪問介護があったにもかかわらず、その利用の可能性を専門職が狭めていた。そこには、ひとつには、40歳以上のALSは介護保険制度の対象となり障害者福祉制度が優先されないことがある。介護保険をマネジメントする介護支援専門員(ケアマネージャー)は、役割として障害者福祉制度に詳しくない。もうひとつには、介護を担う存在として「家族」が前提とされていることである。とくにALSのように医療的ケアを要する場合は、それを家族や医療者以外の者が担うことが想定されていなかった。そうした状況を支援者たちは一つひとつ乗り越えてきた。
そうした取り組みによって重度訪問介護を利用しながらの地域生活の可能性は開かれてきたが、一方でその利用の方法には課題があることがわかった。重度訪問介護は8時間の長時間連続した介助を想定した――介助者が連続して8時間働くことを想定して報酬が設定されている――制度である。つまり24時間を3人の介助者で担えるように、制度が設計されている。しかし実際には、入れ代わり立ち代わりの介助体制が組まれている。たしかに、重度訪問介護を担う介護派遣事業所が少ないことは事実としてある。一日に6ヵ所の事業所が入っていることも少なくはない。しかし、たとえば8時間の長時間を一つの介護派遣事業所が担っていたとしても、介助者が2時間交代で体制が組まれていることも多い。本来は切れ目ない日常生活を支援――生活で生じる様々な事態や見守り、食事やトイレ、コミュニケーションなどの日常の支援――を可能にするためのものであるのに、本人の生活が細切れになってしまっている。   
 さらに明らかになったのは、そうした支援の決定――重度訪問介護の支給決定時間数の判定やその根拠が医療をどれだけ必要とするのか、医療の必要の有無によるところが多く、とくにALSなどの難病の場合には医師の意見書に影響を受けることである。言い換えれば、今の仕組みでは、症状が進行している段階や人工呼吸器を装着していない場合は、十分な支援が得られない。障害施策において、医学モデルから社会モデルへの転換が掲げられているにも関わらず、医療の必要の有無や医師が知り得る病気や障害について書類に書かれたことだけで、介護の必要性やその時間数が判断されることは、医療が欠かせない難病の人たちにとっては大きな問題である。
 そして、やはり、ALSやSMAなど医療的ケアを要する人たちの地域移行は、家族の存在や医療者によって影響を受ける。Fさんは家族に頼らない地域生活を目指し、そうすることで家族との生活を維持しようとした。それは、勝手に周囲が社会が家族を「介護者」と位置付けてしまうことへの抵抗でもあった。ところが、コロナウィルスの感染拡大防止のために家族以外の面会ができずに、Fさんの意思決定も含めて家族に委ねられることになってしまった。SMAの当事者もそうであったが、SMAや筋ジストロフィーの人たちは、幼い頃から国立病院機構(旧国立療養所)で生活をしている人たちが多く、そこから出て地域生活をすることには、家族や医療者の理解が必要になる。とくに家族の位置づけは常に安定して、常に不安定である。今なお、本人が家族の負担を慮って、あるいは家族がいない/介護を担えないという理由で、病院や施設で暮らしている人たちがいる。言い換えれば、コロナ渦で面会ができなくても、家族が本人の地域生活に積極に取り組めばその可能性が開けるが、反対に家族が躊躇えばその可能性は引き戻されることになるし、それだけの理由を家族は背負わされている。
こうした問題はこれまでにも気づかれていたことではあったが、本研究に取り組む中で、そしてコロナ渦での事例を経験する中で、より浮き彫りになった。面会の問題、家族との関係、医療者側の考え方、意思決定のあり方など、これから取り組むべき課題が示された。

構成メンバー

ユ・ジンギョン
西田美紀
坂野久美
戸田真里
中井良平

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