設置の趣旨及び設置を必要とする理由

(立命館大学大学院先端総合学術研究科設置認可申請書より)

I 先端総合学術研究科の設置趣旨

(1)先端総合学術研究科の理念-ディシプリンからテーマヘの転換

 日本の大学制度は今、近代化の初期に大学が創設されて以来、もっとも大きな変革の時代に直面している。学部から大学院までの教育研究システム全体が、国際的な水準を視野に入れた根底的な見直しをせまられている。高度な専門職技能の養成と、新たな時代の問題に取り組む研究者の養成がもとめられているのである。この新たな時代の研究者の養成に向けて立命館大学が提起するのが先端総合学術研究科の構想である。

 基本的に学部の上に置かれた現在の大学院は、明治以来の近代的学問体系にのっとったディシプリン、すなわち専門分野の区分に基づいて構成されている。先端総合学術研究科は、20世紀から今世紀に引き継がれた新たな質の、先端的なテーマに取り組む研究者の養成のために、特定学部を基礎とするのではない独立研究科とする。独立研究科としてディシプリンの総合化をはかり、また、研究所・センター群との連携によるプロジェクト研究における教育によって、大学院教育と先端的で総合的な研究との緊密な結合を実現することを基本的な狙いとしている。

 テーマ中心のプロジェクト研究に大学院学生を参加させることによって研究者養成教育をおこなう先端総合学術研究科は、ディシプリンを基礎とした既存研究科と建設的な緊張関係を保持しつつ、新たな研究領域創出をリードし、大学院学生に新たな選択肢を提供するものである。こうした目標を実現するために、テーマを中心とする研究科が教育システムとして備えるべき条件をとりわけ以下の5点に留意して検討し、構想を組み立てた。

1)「核心としての倫理(コア・エシックス)」の問題をテーマ群の求心的な軸として設定する。

2) 集中的な講読科目である基礎共通科目によって、諸分野に共通する基礎教育とテーマごとの基礎教育を確保する。

3) 学内研究所、リエゾン部門(産官学連携推進担当部署)の蓄積をさらに発展させ学内外の研究者ネットワークを構築し、プロジェクト研究を展開する。

4) 既存研究科との協同、連携、教員・学生の交流をはかり、既存のディシプリンを活用する。

5) 定期的にプロジェクト研究の到達点を検証し、評価し、必要な見直しをおこなうことで、テーマの持続性のなかに変化を組み込む。

 以上の構想に基づいて、立命館大学が新たな大学院教育システムとして提起するのは、(a)「核心としての倫理(コア・エシックス)」を基軸として、(b)人文科学、社会科学、自然科学の3分野を横断する先端的で総合的なテーマ設定をもった、(c)オープンな研究者ネットワーク構築と多様な成果獲得を目指すプロジェクト研究を活用した、(d)時代的要講に応えうる柔軟な構造をそなえた、教育システムである。

(2)4つのテーマと「核心としての倫理」

(a)4つのテーマ(教育研究の柱となる領域):「公共」「生命」「共生」「表象」

 20世紀の提起した問題とは何か。わたしたちはそれを「公共」「生命」「共生」「表象」という4つのテーマに集約する。これらのテーマのもとにプロジェクト研究が展開される。そしてこれらテーマの中心に、今日あらためて深く問い直されている倫理への問いを設定する。「核心としての倫理〔コア・エシックス〕」を常に視点の中心にすえつつ、現代の諸科学分野に共有された問題群を4つのテーマのもとで追求することを通じて、新たな研究領域の創出をになう、先端的で総合的な知の探求者、制作者を養成することがこの大学院の目的である。こうした先端性と総合性の追求のこころみは専門分化した既存の研究科体制では実現がむずかしいものである。
 国家社会の変容、生命観の変化、民族や文化の対立、映像を含む情報技術の展開など、20世紀の正負の遺産を腑分けしながら、21世紀の世界を作り上げてゆくための知の主題に、自然科学の成果と人文科学、社会科学の知見を総合して取り組む大学院学生を教育するという課題に、わたしたちは「核心としての倫理」を中心とした4つの先端的なテーマ設定によって応えてゆきたい。

 それぞれのテーマは、知と世界の現実の動向との接触面であり、新たな課題が産出されるべき先端領域として選ばれている。各テーマに複数のディシプリンからの領域横断的アプローチをおこない、これらのアプローチを総合するいっぽう、テーマを個別的に深化することによって研究を展開するという方法を大学院学生に習熟させることが主要な目的である。
「公共」「生命」「共生」「表象」というテーマは、「核心としての倫理」を軸とした、テーマのネットワークを構成する。大学院生は、4つのテーマによるプロジェクト研究と連携したプロジェクト演習という科目を履修

公共-21世紀における公共性

 国家が「公共」を独占できた状況が崩れはじめ、「市民」の日常感覚を基礎に新しい共同性が組織化されつつあるという過渡期の状況が、「公共」を新たな探求の課題として浮上させた。福祉国家と旧社会主義圏とを問わず現出する、こうした課題をプロジェクト演習「21世紀における公共性」によって原理的なレベルから探求する。とりわけ国際関係論・比較文化論、経済学、社会学のディシプリンからの接近がおこなわれる。
 20世紀の人類は、二度の世界大戦と大恐慌の不幸な経験をへて、福祉国家の建設と社会主義の建設という大掛かりな実験をこころみてきた。しかし新たな世紀に入った今、社会主義体制は崩壊し、福祉国家は行き詰まりを経験しつつある。近代社会をリードしてきた「最大多数の最大幸福」という倫理的な要請は、今後どのように捉え直されることができるのであろうか。また国家の役割はどのように問い直されるのだろうか。「公共」のテーマにはそのような倫理の問いが内包されている。

生命-争点としての生命

 ダーウィンが進化論を提唱して以来、生命の多様性は、あらためてさまざまな探求の争点となってきた。そして20世紀の分子生物学の発展、ゲノム分析の進展、新しい生命操作技術の登場、自然破壊の急速な進行による生命の多様性の喪失は、わたしたちの生命観および環境観の根幹をゆるがす、深刻な問題をなげかけている。プロジェクト演習「争点としての生命」では、21世紀の生命と環境の新たなあり方を考えるために、哲学・倫理学、科学論・ジェンダー論、生物学・環境論のディシプリンからの接近がおこなわれる。

 生命維持装置の実用化と普及は、生死の境界を不明確にし、生殖にかかわる技術の開発は、人の生殖の操作可能な範囲を著しく広げている。生命科学技術の飛躍的な進展による生命と死の操作可能性の著しい拡大は、わたしたち自身がわたしたち自身に対して何をどこまで許すのかという、今までにない倫理の問題を提起している。

共生一共生の可能性と限界

 人類の歴史は、多様な文化の創造と共生の歴史であった。それは多大な犠牲をともなう不完全な共生の実験であり、過去に測る時、わたしたちは多くの犠牲者たちの痕跡を見出すことになる。逆に、21世紀において敢えて「共生」を語ろうとするならば、それは、そうした犠牲者のうえに、犠牲を伴わない共生の可能性を構築していくことでなければならない。プロジェクト演習「共生の可能性と限界」では、共生の実態を調査、観察するだけではなく、最終的には共生の倫理を問うために、政治哲学、比較文学、文化人類学のディシプリンからの接近がおこなわれる。

 世界のさまざまな亀裂があらためて顕在化しはじめた21世紀に、わたしたちは異なった生き方の作法、異なった歴史へのヴィジョン、異なった信仰や価値の体系、異なった民族への帰属を互いにどのように対置し尊重しあうのか、あらためて差異を認識し「共生」の倫理を創りあげることが求められている。

表象-表象文化における伝統と技術

 情報技術の進展は、イメージと表象のあり方に根底的な変化をもたらし、日常生活における人間関係の様相に深い影響を与えはじめている。それと同時に、情報複製技術の進展は、オリジナルとコピーの関係の再考を迫るとともに、人権や著作権などの既成の概念では解決しきれない侵害の可能性をもたらしている。プロジェクト演習「表象文化における伝統と技術」によって、近現代の表象体系のあり方を、技術的側面まで視野に入れつつ批判的に探求するために、美学・芸術学、伝統芸能論、情報工学のディシプリンからの接近がおこなわれる。

 20世紀は、知識と情報が新しいメディアを通じて、今までにない速度と密度と広がりで流通し始めた時代であった。それまでの地域的な基盤のうえに成長し、享受されてきた文化のありかたにも、また社会構造や政治動態にも大きな変容がもたらされた。表象の操作には戦時期におけるそれのような不幸な例もあった。文化の伝承と創造にかかわるメディアと「表象」にはらまれた問題もまた、倫理の視点からの検討が求められている。

(b)「核心としての倫理(コア・エシックス)」

 こうした問題の広がりは、20世紀が21世紀に引き継いだ最大の技術的達成ともいえるIT技術とヒトゲノム解読そして生体組織工学のもたらすインパクトの今後の展開を考えても、近年いっそう大きなものとなってきている。21世紀における新たな問いは、あらためて人聞とは何か、いかに共に生きてゆくべきか考えることを求めている。こうした普遍的な問いは、人文科学と社会科学の区分を超え、さらに自然科学との対話と協同を求める、領域横断的な構造をそなえている。「公共」「生命」「共生」「表象」というテーマ群に人文科学、社会科学、自然科学の各ディシプリンから取り組むこと通じて、既存学問の融合をはかりつつ、単なる対症療法に終わらない根源的な問い直しによる新たな研究領域の創出を目指した教育システムを構築することが、現在、必要とされている。

 こうして21世紀に引き継がれた問いの中心にあるものを、わたしたちは人文科学、社会科学、自然科学の「核心としての倫理」と呼び、新たな大学院における教育の軸とする。

 人間にとって基本的なこうした問いに応えることは、現在、もっとも緊急で重要な挑戦であろう。今、根源に帰ることがもっとも先端に立つことでもある。

 新たな大学院における総合の基礎となるこの「核心としての倫理」は、1、2年次の基礎共通科目「基礎講読演習(コア・エシックスI・Ⅱ・Ⅲ)」における集中的な講読演習によって深められる。

(3)開かれたプロジェクト研究による研究者養成教育

 「核心としての倫理」を基礎として展開される4つのテーマの追求が、大学院教育の先端性と総合性を内容面から支えるとすれば、教育システムとして先端性と総合性を実現するのが研究所・センター群において展開されるプロジェクト研究への大学院学生の参加による、研究者の「オン・ザ・ジョブ・トレーニング(On-the-job Training)」である.この教育システムは、プロジェクト研究を推進するテーマ責任者を中心とするプロジェクト担当者のイニシアティヴのもとに形成される、学外へも広がる研究者ネットワークのなかで、大学院学生の研究力量を実践的に鍛えることを目的としている。もっとも先端的に問題提起をおこなっている研究者に直接接しながら、個別の研究領域にとどまらない知識と展望を獲得する機会を提供するものである。研究所・センター群との連携をおこなう必要性はこうしたオープンな教育・研究の場の形成という点にある。

 したがって、プロジェクト研究においては、とりわけ学外の人材からも積極的かつ的確に教育効果を引き出し、アカデミックな世界をリードしうるネットワークを構築してゆくことが重要である。こうした方針は、先端総合学術研究科においては、大学外の研究所あるいは企業における研究開発に携わる研究者、専門家が兼職教員としてプロジェクト研究を担当する体制を実現することによっても追求される。プロジェクト研究の形態については、これまで立命館大学において実施されてきた「学術フロンティア」、「オープンリサーチ」、さまざまな受託研究などから得た経験を生かし、多様なネットワーク構築を目指してゆきたい。また大学院学生レベルでの外部の教育組織との連携、たとえば国立共同利用研究機関における研究員制度の活用などを奨励してゆきたい。

 「核心としての倫理」を軸とした4つのテーマによるプロジェクト研究を組みこんだこの研究科は、大学院学生に柔軟な教育システムを提供し、基礎教育と研究における「オン・ザ・ジョブ・トレーニング」の有効な組み合わせを実現するために一貫制博士課程とする。

 さらに4つのテーマによるプロジェクト研究を常に時代的な要請に応えるものにするために、外部評価を組みこんだ定期的な評価システムによってプロジェクト研究のテーマそのものの評価と、必要に応じた見直しのシステムを構築する。より具体的にいえば、評価の作業をおこなった後に、その結果を反映できるようにプロジェクト研究のテーマそのものを見直し、時代の要請に即応した新しいテーマ設定と、それに対応した適切な担当体制への再編をおこなう。

II 養成すべき人材像

 先にふれたディシプリンすなわち専門分野に基づく旧来の大学院教育の限界は、多くの場合大学および大学院の教育システムそのものが外部との緊張関係を失って閉塞した状況に陥っていることからも由来している。こうした状況を打開するために、近年では教育研究分野に大学外の経験を積んだ人材を積極的に導入することが試みられてきた。わたしたちは今、近年の試みの重要性を認識しながらも、外部からの経験を導入するだけでなく、大学院の教育と研究のあり方そのものから、従来のディシプリンの枠組みを超えた、複数の分野と果敢に連携し共同する試みを提起するべき段階にさしかかったと考えている。なぜなら、重要なことは大学院における教育を現実の複雑さの水準に見合ったものに引き上げることだけでなく、世界の動向に一歩先んじつつ、今後必要とされる新しい人材を、さまざまな分野に向けて輩出することにあるからである。新しい人材は以下のような能力を備えることが期待される。

 1)世界のさまざまな動向にリアルタイムで対応しうる、研ぎ澄まされた感受性とレスポンス能力。

 2)世界の新たな兆候を、歴史的な視点を踏まえて、人間にとって基本的で普遍的な問いとして提起し、回答する能力。

 3)こうした問いと回答を、研究者をはじめ、さまざまな活動をしている市民や専門家などとの共同作業と連携のなかで展開しうる能力。

 4)獲得された研究成果を、旧来のメディアだけでなく、多様な媒体(電子媒体、映像媒体)を通して、広く内外に有効に発信する能力。

 5)新たに創出される研究のあり方をシステムにまで高めて、次世代に継承する能力。 先端総合学術研究科は、新鮮な感性と基礎的なディシプリンを踏まえた原理的な考察とを結びつけ、核心的な問題群をあきらかにするために、「象牙の塔」でも「蛸壼」でもない、オープンな教育と研究の場を創出する。すなわち個々のメンバーがそれぞれの個性的な問題意識を通じて連携しあいながら、研究内容についての説明責任を担い、自己責任のもとで成果発信を行ないうる教育と研究の場である。そこでは「核心としての倫理」を基軸として「公共」「生命」「共生」「表象」をテーマとする複数のプロジェクト研究に参加しながら博士論文を作成するという経験を通して、これからの時代をさまざまな分野で主導する新しい活動のスタイルをもった研究者を養成することを目標としている。それぞれ、学部段階で修得したディシプリンを基礎としながら、テーマに即した具体的な主題に取り組むプロジェクトを企画立案し問題の解決をリードすることで、既存の領域を横断する新たな研究領域を切り開き、現代世界への知的な貢献を果たすのである。

 このような柔軟な感性と新しいタイプの知性とプロデューサーとしての実行力をそなえた博士学位保持者は、旧来の研究機関だけでなく、多様なネットワークで実力を発揮し、国内のみならず世界のさまざまな機関(政府・自治体、民間企業、シンクタンク、NG0/NPO、メディアなど)において活躍を待望される人材である。既存の機関が刷新され、新たなネットワークが創出される時代のなかで、社会的にもますます広く要請される、新しい時代に即応できる実力をともなった博士学位を保持する人材こそが今後いっそう高く評価されるだろう。また、それらの人材は将来、先端総合学術研究科が人的ネットワークを構築してゆくにあたって、資するものであることはいうまでもない。

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