開設5年の到達点

2007年10月18日

(立命館大学大学院先端総合学術研究科設置認可申請書より)

先端総合学術研究科は、立命館大学のリソースを最大限に活用し、学内設置の諸研究所・研究センターとの連携構築をめざしながら、プロジェクト参加型の研究者養成を目標に掲げ、2003年4月に一貫制博士課程として発足した。既存の学部を基礎としたディシプリンを軸とした研究科とは発想をことにする独立研究科による研究者養成の試みである。
本研究の設置の趣旨は、20世紀における自然科学の発展のインパクトを受けとめつつ人社系学問分野を批判的に再構築する能力と意欲を持った研究者を養成することを目指している。学問の刷新を「先端性」と「総合性」の両面から押し進めるという野心的な試みである。

このような目的を達成するために、(a)「核心としての倫理」(コア・エシックス)を軸とし、(b)人文科学、社会科学、自然科学の3分野を横断する先端的で総合的なテーマを設定し、(c)本学の研究所・研究センターと連携し、学内外の研究者とネットワークを構築して、ディシプリンを横断するプロジェクト研究を活用し、(d)時代的要請に応えうる柔軟な構造を備えた教育システムを構築することをめざした。世界の現実の動向との接触面であり、新たな学問的課題が産出されるべき先端領域として、「公共」=公共性の再定義、「生命」=生命・環境の倫理、「共生」=多文化・多言語主義、「表象」=ディジタル時代の芸術表象、の4つのテーマ領域を設定した。
研究科のカリキュラムは、自立したプロジェクト参加・推進者として院生を育てることを目標としている。院生に明確な研究テーマと研究計画を持たせ、世界で通用する基礎能力を養成し(講読演習の重視)、これからの研究に必須な多様なスキルを獲得させ(独自のスキル科目)、プロジェクト運営の能力と責任感を養っている。
学部を基礎とした研究科とは異なり、ディシプリン中心からテーマ中心へ、プロジェクト中心への転換である。4テーマ領域は倫理的な問題意識の共有という点ばかりでなく、内容的にも相互に連環しており、既存の「系・分野・分科」区分とは必ずしも対応しない。プロジェクトそのものは研究科の専任担当教員が、一定の基礎的な予算のうえに、競争的な外部のファンドあるいは学内の研究補助金を獲得して推進し、そこに院生が参加することを基本としている。したがって担当者にはプロジェクト推進の能力が求められる。また、プロジェクト参加による院生の研究推進能力の養成を補完するものとして、それぞれの問題意識に対応した学会への所属と学会報告をおこなうことを積極的に推奨し、実績をあげている。一貫制博士課程として、一年次からの講義、スキル科目、および2年次の「博士予備論文」の準備(研究科の主要な「定期学会」ともいえる「博士予備論文構想発表会」の開催)、博士論文準備のための演習科目、演習における複数ディシプリンの担当者による指導、担当者による個別の論文指導によって構成されるコースワークは、新たな問題意識と研究能力をそなえた研究者養成のモデル構築の役割を果たしうることを目標としている。

 本研究科は、上記のような設置趣旨に呼応して、開設以来きわめて明確な問題意識と研究目標をもった者が数多く入学してきた。「プロジェクトを基礎とした人社系研究者養成」プログラム(プロジェクトベーストプログラム)を設定し、院生たちの個性的な問題意識を育てつつ、それに明確な表現を与え、彼ら自らが普遍性をそなえた説得力ある論理展開にまで練り上げる力をつける努力を行ってきた。
 とりわけ、次の4点を目標として取り組んできた。

(a) 論文構築の基礎能力を強化する
(b) 「スキル系科目」を強化する
(c) 国際シンポジウム、プロジェクト研究における協働実践を強化する
(d) 人的ネットワークをいっそう拡大強化する

これらに即して、スキル系科目の今後の院生教育における必要性と重要性の検討作業、海外留学やフィールドワーク中の院生、遠隔地からの通学者などに、有効な研究指導を行うためのシステムについて検討、海外も含めたプロジェクトベーストプログラム型教育システムの調査・検証を進めつつ、具体的な強化を目指してきた。そのために海外におけるプロジェクト研究を主軸とした研究者養成教育機関との積極的な交流および協力協定の締結にも取り組んできた。
こうした目的にかんがみ2005年度「魅力ある大学院教育イニシアティブ」に「プロジェクトを基礎とした人社系研究者養成プログラム」として応募し、幸運にも採択された。このプログラムは、本研究科が2003年の開設以来すでに2年間に試行し実施し有効性を検証してきた、すでにのべたプロジェクトを基礎とした研究者養成のメインのコースワークおよびプロジェクトにおける院生自身の研究活動をより高度化するために何が必要かを熟考した。その結果、それをいっそう補強し効果的なコースに高めることを目的として構想されたものである。以下に示すのは当プログラムにおいて実施された目標および活動内容である。

(a)論文構築基礎能力の強化
 院生各自の固有の問題意識を尊重しながら、かつ開花させるためには、この「論文構築基礎能力」の強化がもっとも重要である。したがって、2005年度に日本語・英語の論文指導スタッフを雇用し、直接面談指導やEメール、メーリングリストなどを活用したきめ細かな指導を通じて、論文指導の基礎能力の構築に努めてきた。また、スタッフが常駐する論文指導室を開室することで、院生に日常的に指導を行う体制を構築した。院生のニーズは高く、多くの院生が利用した。
 一方で、本研究科には一定数の遠隔地に在住する有職者の院生が在籍しているが、彼らに対しては、Eメールや電話などの媒体を利用した遠隔指導が特に効果を挙げた。
日本語・英語それぞれの論文指導に専念して担当できるスタッフが在室し、本研究科の専任教員と密接な連携をとることで、論文指導体制はより強化できた。また、論文作成のための関連図書、消耗品、機器備品等を購入・備え付けることで、より充実した論文指導を行える環境が整備された。院生指導の経験を踏まえ、「日本語論文作成マニュアル」、「英語論文作成マニュアル」を作成し、個別指導の効果の向上を図った。

(b)スキル系科目の強化
 ディジタルスキルおよびリサーチメソッドという科目群のよりいっそうの高度化に向けた方向性を検討するために、当該科目の担当教員のヒアリングおよび院生の授業アンケートを実施した。その結果、高度化の具体的な方策については、更なる情報の収集を進めるとともに、問題点を多角的に検討し、本研究科に適した科目内容についての議論を継続することとした。研究科として進むべき方向性を確定して、高度化に向けて作業を進める予定である。
 また、スキル系科目(アカデミックライティング)とも関連するライティングセンターについては、日本ではまだライティングセンターが普及していないという事情もあり、2006年2月にアメリカのライティングセンターの視察を行った。具体的には、Pennsylvania
State University、American University、University of Maryland、Duke
Universityの計4大学7つのライティングセンターを訪問・調査し、情報収集とアメリカの大学における現状も把握して、報告書を作成した。加えて、実際にアメリカの大学院でライティングセンターを利用したことのある日本人の方にも協力を要請し、レポートを作成した。また、同月早稲田大学で開催されたシンポジウム"Waseda
Symposium on Teaching and Research in Academic Writing"にも参加し、日本国内におけるライティングセンターの実情も把握した。
 英語ライティングの調査をしていく中で、英語ライティングとは「資料収集から分析、構成、実際の論文の執筆、そして要旨の提示」という一連の作業全体を英語で行う構想の過程であり、英語ライティングの方法の模索を行うことは、言語を別にすると、それ以外は日本語論文の構築の方法にほかならないということを再認識した。
 これらの出張報告書やその他の情報をもとに、将来のあるべきライティングセンターのあり方を展望に入れ、研究科内で議論を重ね、全学に対しても、ライティングセンターの必要性を繰り返し力説してきた。その結果、少しずつではあるが、全学で大学院生を対象としたライティングセンターが必要であるという声が高まってきている。本研究科では、本教育プログラムの中で実施してきた調査・情報収集で得た内容を、全学的なライティングセンター設立に向けて積極的に提供する活用する。

(c)国際シンポジウム、プロジェクト研究における協働実践の強化
本研究科は、世界各国から著名な研究者を招聘して、国際コンファレンスやシンポジウム、ワークショップ、講演会などを開催してきた。
このうち、2005年10月末に開催した立命館大学先端国際コンファレンス『倫理・経済・法:不正に抗して』は、集中講義や講演に招聘し本研究科と連携をとってきた著名な研究者たちも参加して、3日間にわたりアメリカ、イタリア、インドなどから報告者が参集して開催された。本企画に際して、多数の院生がペーパーの集約、編集、翻訳、資料作成、当日の運営などに積極的に携わった。
特に、2005年10月末に開催した立命館大学先端国際コンファレンス『倫理・経済・法:不正義に抗して』(国際シンポジウムの際に、一定の予算を配分して院生自らのイニシアティブで比較的若手の研究者(アメリカ、インド、イタリアなど各国から参集する)による研究集会(国際シンポジウムの第3部)の部分の組織を実施した。また、そのためのペーパーの集約、編集、翻訳、印刷などを行い、これらの作業には、すでに個別のゼミで海外研究者を招聘し、集中講義や講演などを行い、その準備過程に院生が積極的に取り組んだ。
 また、フランスの歴史家アラン・コルバン(パリ第一大学名誉教授)氏を本学に客員教授として招きたいという本研究科院生のイニシアティブではじまったアラン・コルバン氏インヴィテーションプロジェクトは、2004年11月からはじまり、地道な準備・活動を経て、2007年1月の集中講義およびシンポジウム「近現代史への問い-アラン・コルバン教授を迎えて」を開催するに至った。その準備段階として、2006年6月以降、院生が主体となって外部講師を招き、計3回事前研究会を開催するなど集中講義・シンポジウムに備えてきた。集中講義最終日にはワークショップを開催して、院生が研究報告をおこなうなど、院生が主体的に参加した。

(d)人的ネットワークのより一層の拡大
 国際シンポジウムをはじめ、日本および欧米の傑出した研究者を招聘して集中講義、講演会、ワークショップ、共同研究会などを実施し、人的ネットワークを拡大・強化した。また、海外大学との交流協定としては、台湾の佛光人文社会学院、イタリアのベルガモ大学複雑性認識論人類学大学院と包括的研究協力協定を締結した。今後も、具体的な取り組みを行っていく予定である。さらに世界的にも高等教育機関として高位にランクされるエコール・ノルマル・シュペリウールとの連携も視野に入れ準備を進めている。
 国際的ネットワークの形成は、大学全体としての「研究高度化」方針とも密接に関わっているので、先端総合学術研究科としては、国際共同研究や共同学位授与制度などの展開に向けた枠組み作りを現在検討中である。一方国内においては2006(平成18)年度、官民シンクタンク・研究所との将来的な連携をにらんだ研究所訪問・インタビュー、シンクタンクから人を招聘して研究会を実施した。
「魅力ある大学院教育イニシアティブ」の「プロジェクトを基礎とした人社系研究者養成プログラム」の終了に当たって、文部科学省から外部シンクタンク等との連携などについていっそう強化するべきである、等の評価が示された。こうした評価をふまえてプロジェクトを基礎とした人社系研究者養成プログラムのモデルとしてのいっそうの高度化と精緻化をはかってゆくことを現在の目標としている。「魅力ある大学院教育イニシアティブ」の成果も踏まえて、2007年度グローバルCOEに本研究科を軸に「『生存学』創成拠点」プログラムとして応募し、採択された。ここにも本研究科の研究者養成の理念への期待と評価があらわれていると受け止め、いっそうの深化をはかってゆきたい。

本研究科の教学方針がディシプリン型の研究者養成方法と決定的に異なるのは、複数のテーマ(「公共」「生命」「共生」「表象」)をたてて、院生ひとりひとりの問題意識を幅広くすくいとる入試方式、テーマ担当教員に偏らない複数教員による指導、テーマごとの自足を避けるために「核心としての倫理(コア・エシックス)」という総合的な理念を中心にすえたカリキュラム編成などである。これに、主題のいかんにかかわらず、院生のニーズをカバーできる多様なスキル科目を設置することで、院生相互の交流や切磋琢磨の促進を図っている点にある。
学内においては、既存研究科の再編をにらんだ大学院博士後期課程の見直しが進められており、本研究科が示した路線が、学内で触媒的に働いている。
 プロジェクトに基礎を置いた研究者養成の状況は、設置3年目である2005年度には1名が早期修了によって博士学位を取得し、2006年度は同じく早期修了によって4名が博士学位取得した。
 他方、院生に研究分担者としての参画を求める「プロジェクト研究」は、学内研究所の研究会活動とも緩やかな連携を樹立しつつあり、学内の研究支援体制は、後期課程支援を重視する方向へと向かいつつある。

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