メッセージ

―時代の先端性と格闘する大学院教育のあり方をもとめて―

西成彦

 2003年4月に開設された先端総合学術研究科は、この4月で13年目を迎えます。五年一貫制の博士課程を修了し、課程博士学位を取得した皆さんの先輩の数は、まもなく100名の大台を突破しようとしており、それなりに「学風」が見えやすくなってきたように思います。
 そもそも「先端総合学術研究科」というのは、どのような「先端」を目指しているのでしょうか。総じて人文科学・社会科学というものは、時代を見据えながらも、つねに歴史を振り返り、足場を確かめることを大切にして方法論の刷新をくり返してきました。それは、定説の上に定説を積み重ねていくことで日進月歩の進歩をとげるテクノロジーのような進歩の速度を達成することは難しい分野で、むしろ、技術革新のあまりのめまぐるしさに逆らうようにして、むしろそこに倫理的な課題を突き付け、一定の重しをつけるのが人文科学や社会科学の役割だと言うこともできるでしょう。研究科の英語名(Graduate School of Core Ethics)は、「現代のコアをなす倫理的課題」に取り組もうという私たちの強い意思を、日本語名以上に明確に表していると思います。つまり、世の中が前に進もうとするときの「先端性」を手放しで礼賛するのではなく、人類をどこへ導いていくのかもわからない現代という時代に「反省」を加えることこそが、私たちの言う「先端総合」でした。そして、技術革新がさまざまな専門分野を横断するようにして進行していくように、私たちもまた既存のディシプリンの伝統にしがみつき、その城砦を守っているだけでは、その「先端性」には対応できません。そのときには、「ディシプリン横断的」な「総合」という方法が欠かせないのです。
 研究科の修了生の博士論文は、その半数近くが書籍として手に取ることができます。また、そうでないものも簡単に図書館で読むことができますから、ぜひ思いつくままに手に取ってみてほしいと思います。それらの研究の「先端総合ぶり」が分かってもらえるでしょう。それは、ただいくつもの学会をハシゴするような「横断性」とは限りません。研究の現場と市民運動や当事者運動の「あいだ」、文字を読み、文字を書き列ねることを日課とする研究者の日常と、この地球で営まれている数々の生の現場(フィールド)の「あいだ」を往き来しながら、まるで一人乗りのカヌーを繰りながら、シマからシマへと移動を重ねた研究者一人一人の歩みが、そこにはしっかりと刻み込まれているはずです。
 先端総合学術研究科には、「公共」「生命」「共生」「表象」という 四領域が設けられていますが、いずれの領域も特定のディシプリンに特化したものではありません。「領域」自体がつねに「ディシプリン横断的」な連携や論争の場であり、しかも私たちは、「領域」に閉じこもるのではなく、所属領域以外の教員や院生との交流をさまざまな形で推奨し、また下支えもしています。教員主導の各種プロジェクトから「院生プロジェクト」まで、本研究科が設置している「プロジェクト演習」は、皆さんの関心を広げ、深める絶好の機会を提供するはずです。
 最後に、私が9年前に同じく研究科長メッセージとして書き記した言葉を、くり返しにはなりますが、一部、文言を変更した上で、以下に引いておきます。
 《かつて旧態依然たる「象牙の塔」を打破すべく、学生たちが群れをなして立ち上がった時代がありました。その後、日本の大学がどれほど生まれ変わりえたか、ほとんど検証がなされないまま40年以上の歳月がすぎ、いまや大学改革の陣頭指揮をふるっているのは、文部科学省です。私たちの研究科もそんな文部科学省が敷いた改革の王道を歩む研究科だと傍目には見えているようです。しかし、そうした表看板の裏側で、ほんとうに内実のともなった大学院教育や「先端性を俎上に乗せられるような」研究がなされえているのかどうか。そういった問題についても、きちんと話し合い、自己点検のできる場を確保していこうというのが私たちです。どんな小さな意見でも、それを受け付けるのが研究科長の役割だと覚悟を決めていますので、遠慮なく申し出てほしいと思います。》

研究科長 西 成彦 『履修要項』より

歴代研究科長からのメッセージ

2003~2005年度 渡辺公三教授
2006~2008年度 西成彦教授
2009~2011年度 小泉義之教授
2012~2014年度 松原洋子教授

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