難病と地域生活(2021年度)

院生代表者

  • ユ・ジンギョン

教員責任者

  • 立岩 真也

概要

<目的>
 本研究プロジェクトの目的は、①難病を持つ人たちの地域生活を支える制度、政策を歴史的背景から読み解き、②実際の難病の人たちの地域生活でどのようなことが起きていて何が必要なのかを明らかにすることである。
 京都では約10年前に、制度や体制が十分とはいえない中、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の人たちの地域移行、地域生活が有志によって取り組まれ、実現した。さらにその前には、応益負担や障害程度区分を基盤とした障害者自立支援法(現、障害者総合支援法)に反対する運動が、身体障害者の団体とともに精神医療保健福祉に関わる団体を中心に進められていた。障害者自立支援法は2005年に成立したが、2010年の法改正で応能負担に見直され、2012年には障害者総合支援法となり、障害の範囲に難病等が追加された。本研究プロジェクトでは、こうした歴史的背景を明らかにしながら、難病の人たちの地域生活について考えていく。

<内容>
 日本では、障害を持つ人たちの介助制度は、1970年代から脳性マヒの人たちが中心に介助制度の獲得と拡大を求めて運動し、制度が作られてきた。そうした運動は、自立生活運動というように呼ばれてきた。そこでは、介助サービスの供給などを行なう組織として自立生活センターを作り運営していくことや、全身性障害者介護人派遣事業という自ら介助者を選んでその人に生活を介助してもらえる制度が構築されていった。他方で、難病の人たちは、脳性マヒの人たちと同様に日常生活で介助を必要とするにもかかわらず、障害を持つ人たちのこうした障害者運動とは違うかたちで生活の保障を求めてきた。とくにALSの人たちは、全身性の障害を伴う進行性の病気でありその過程では人工呼吸器の装着が必要になるなど、長時間の介助が必要である。しかし、ALSの人が家族介助によらずに障害の制度を使って暮らし始めたのは、1990年以降である。
 障害の原因を社会に帰属していく運動が障害者運動として展開されている中で、難病の人たちは、スモンを契機として難病対策要綱の策定に向けて取り組んでいた。1970年9月、スモンは原因が薬剤(キノホルム)であると判明したため、1972年10月に定められた難病対策要綱の対象疾患とはならなかった。全家連は精神衛生法とは別に精神障害者福祉法の制定を目指していたこと、筋ジストロフィーは一定の保障があったことを理由に難病対策要綱の枠組みに入らず、その他、患者団体を有する疾病が難病の対象疾病になるに至った。
 障害者運動の中で、彼らの主張が指し示した重要な論点は、生活者としての主体性の獲得――すなわち生活者としての自己決定であった。それは、家族の庇護や施設での管理などの抑圧や支配への抵抗として自立生活が目指されたということからでもあった。
 このことは、実際に制度を活用して生活していく中で、様々な場面で問題として立ち現れてきた。とくに介助者との関係において、必要なことやしてほしいことを介助者に指示し自分の生活を差配していくということが、障害を持つ人たちの「主体性」として求められた。こうした障害者運動の中で培われた考え方は、もちろん、障害を持つ人たちが獲得、拡大してきた介助制度の中にも位置付けられてきた。しかし、難病の人たちがこうした介助制度を使用し介助者と関係を構築していくときには「主体性」の獲得やその発揮をすること自体が難しく、そのことで介助者との関係が難しくなり生活が立ち行かなくなってしまうことがある。どうしても医療と切り離せない生活の中では「治療」「医療的管理」があり、「患者」というアイデンティティを持ってしまう。
 本プロジェクトでは、障害者運動の流れの中に難病の人たちが組みしなかった要因、難病の人たちがどのようなことを求め主張してきたのかを歴史的背景から解き明かしたい。そして、実際の暮らしから難病の人たちが、病名や症状によって分けられることなく安心して暮らせる仕組みを考えたい。歴史的背景から難病の人たちの生活の在り様を探っていくのは、本研究プロジェクトの独創的な点である。

<方法>
 具体的には、①実際にこれから地域移行をしようとしているALSのAさん、地域生活をしているBさんの事例の記録、②運動団体や当事者、家族、支援者たちへのインタビュー調査とデータの収集、③国内外の学会での研究発表や活動を通じた情報の集積とデータ取集、を行なう。①と②で得られたデータや資料は、生存学のホームページに掲載する。研究成果は報告書にまとめて配布する。

<意義>
 本研究プロジェクトの意義は、歴史的背景から難病の人たちの生活の在り様を探ることである。今ある難病の人たちの日常は、それぞれの背景や環境、他者との関係によって理解も意味合いも大きく変化する。そうした日常を歴史的背景から読み解くことは、すなわち、難病という概念や、谷間に置かれている難病の人たちを社会の中に再定位していく作業でもある。従来の社会福祉学の枠組みで捉えられてきた現象や社会関係を見直す点で、学術的にも意義がある。

活動内容

本年度は、コロナ状況下において変更を迫られながらも、①実際にこれから地域移行、地域生活をしようとしているALSのAさん、Bさんの事例の記録、②本人や家族、支援者たちへのインタビュー調査とデータの収集、③国内外の学会での研究発表や活動を通じた情報の集積とデータ取集に取り組んだ。
①については、昨年度から継続して行っているALSである70代の男性のAさんの地域移行にアクションリサーチを活用して取り組み事例の記録と、同じALSである30代の男性のHさんの地域生活について実際の生活状況について観察及び聞き取りを行った。Aさんは、長期入院から京都で地域生活を開始した。住み慣れている地域ではなく、京都で生活を始めたのは、重度訪問介護が利用できないからだった。Aさんは地域の国立病院で長期療養生活を送っていた。コロナの状況で一年以上面会ができないでいた。外出も外泊も面会もできない病院生活は辛く、本人も家族も何とか地域生活をしたいと考えていた。重度訪問介護の利用について関係機関に相談したもののそれを提供する事業所が少ないから重度訪問介護それ自体の利用が認められないでいた。家族は家で仕事をしているために介助が難しい。そこで京都の支援者らとつながり、京都市内で一人暮らしをすることとなった。他方、Bさんは、もともとの場所での生活を継続していたが、本人が必要とする重度訪問介護の時間数が認められずに、外出や本人が思い描く生活ができないでいた。重度訪問介護は24時間の見守りを可能とする制度であり、障害があっても他の者と平等に生活を送るために欠かせない制度である。10年前に比べて重度訪問介護の利用が進んだが、重度訪問介護を提供する事業所が少ないからその利用を認めない、本人が必要とする時間数が認められないなど、課題がある。さらに、重度訪問介護と介護保険では考え方が違うため、それが実際の地域生活で介助者の態度や振る舞いに影響していた。こうした課題については整理しようとしているところである。
②については、運動団体や当事者、家族、支援者たちへのインタビュー調査を行なった。具体的には、精神障害者の家族会の人2名、難病の障害者運動から障害当事者1名、ALSや精神障害の権利擁護をめぐる問題を法的な観点から整理するために刑法学者1名にインタビューを実施した。インタビュー記録については、許可が得られた人たちについては生存学のホームページに掲載している。
③については、新型コロナウィルス感染症対策のために予定を変更および中止、延期にせざるを得なかった。障害学会と難病看護学会で報告を行なった。

構成メンバー

ユ・ジンギョン
戸田 真里
中井 良平
篠原 史生
舘澤 謙三
白杉 眞

活動歴

2020年度の活動はコチラ

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