「音楽と社会」研究会(2016年度)

院生代表者

  • 堤万里子

教員責任者

  • 吉田寛

活動内容


シンポジウム 「コトとしての音楽を考える――出来事・参与・対話からのアプローチ」

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  • 日時:2017年2月12日(日)14:00~17:30

*当初、14:30開始とお知らせしておりましたが、上記時間に開始となります。ご注意ください。

  • 【内容】
    14:00~15:40 基調講演
    *当初、14:30開始とお知らせしておりましたが、上記時間に開始となります。ご注意ください。
    登壇者(敬称略、五十音順)※タイトル等は変更となる可能性があります。

     大田美佐子(神戸大学/音楽学 対話的音楽文化史の観点から、活発な議論をめざして、次のような学術催事も積極的に行っている。「三文オペラプロジェクト 剃刀横町のオペラ」「キャロル・オジャ教授特別講演」「さとうきび畑こんさあと in 神大」「シンポジウム 歌と文化的記憶 表現と社会」
     「作曲家作品研究からの展開 – 対話的音楽文化史の可能性について――シュトラウス、フォースター、ヴァイル」
     要旨
     従来、「作曲家作品研究」という学問的枠組みでは「作品」を中心に語られてきました。しかしながら、音楽や舞台芸術特有の演奏家たちの存在、上演に至るコンテクストなど、作品をめぐる複合的な要素を通じて、地域の文化史、受容史とあわせて作品をより大きな枠組みで捉えることが、作品の理解にとってますます重要になってきています。開かれた作品は、受け取ったものの文化的記憶のなかで、解釈も加えられていきます。この流れは、作品研究から展開して、パフォーマンススタディーズや文化的記憶に着目するという近年の学問的志向の現れでもあります。
     音楽史研究は、大作曲家の傑作を研究するのみならず、固定化した情報を文化史のなかで捉え直すことにより、人間科学における「表現行為」としての「音楽」とその社会的な影響という視点にまで拡がり、深められています。音楽研究に見られる健全な専門意識とは別の意味で、狭量でイデオロギー的な「セクショナリズム」では、「音楽」はそもそもどこにあるのか、という本質的な問いに向き合うことは困難ではないでしょうか。
     私は今回、作曲家作品研究からの展開として、国境を超えた視点から、つまり対話的な空間を生み出す音楽文化史の可能性について、三つの例を挙げながらお話しようと思います。ひとつはヨハン・シュトラウス、もうひとつはスティーヴン・フォスター、そしてクルト・ヴァイルです。研究会の若手研究者の方々、そしてフロアの皆さんとの交流も楽しみにしております。

     野澤豊一(富山大学/文化人類学、訳書『ミュージッキング――音楽は“行為”である』『ミュージック・アズ・ソーシャルライフ――歌い踊ることをめぐる政治』共同研究「音楽する身体間の相互作用を捉える:ミュージッキングの学際的研究」代表者
     「かれら/私たちは音楽のパワーを借りて何をしているのか?――文化人類学的フィールドワークから考える」
     要旨
     文化人類学的な音楽研究が目指すのは、フィールドワークでの出会いや発見を通して、私たちが当然視する「音楽」という概念自体を疑問視するような視座に到達することです。そう考えるとき、音楽を「行為」であると捉える「ミュージッキング」という視点や、「演奏者―聴き手」という前提から自由な「参与型音楽」という概念は、この上なく有用です。
     たとえば、私が調査を続けている米国の黒人ペンテコステ派キリスト教会の礼拝は、音楽が強力なパワーを発揮する場ですが、そこでは「作品を上演する」というタイプ(トゥリノの言う上演型)の音楽実践は一部にとどまります。教会ミュージシャンたちは牧師のスピーチの調子や信者たちの熱狂の度合いに合わせてBGMを演奏し、「集合的な気分」を作り出します。また、牧師や信徒が突然歌い出したりトランスダンスを始めたりすれば、ミュージシャンや平信徒はその行為に何らかのアクションを起こします。理想的な礼拝は、そうした行為の積み重ねなしに実現しえません。
     このように、音や行為が状況依存的に繰り出される背景には、ミュージシャン、牧師、信者のあいだで行われる有機的な相互行為があります。彼らのミュージッキングでは、「曲」や「フレーズ」や「動作」が次の「曲」や「フレーズ」や「動作」を呼び起し、それがさらに次の有機的な接合を生み出します。今回は、以上の視点が近代的な「音楽」概念の特殊性を照らし出す可能性を、映像資料などをもとに報告したいと思います。

     吹上裕樹(関西学院大学/社会学)
     「社会の中の音楽/音楽の中の社会――日常性からのアプローチ」
     要旨
     近年、音楽を対象とする研究において、学問領域をこえて社会学的(社会科学的)知見が幅広く用いられるようになってきている。作品(と作曲家)を中心とする従来の研究方法への音楽学内部からの批判、ポピュラー音楽研究の発展、民俗音楽学的知見の広まりなどが、こうした傾向を支えていると思われる。こうして、音楽をその背景としての社会に位置づけて研究するという姿勢は、音楽研究にとってある種の常識となりつつある――あるいは、少なくとも、音楽と社会とが出会うところに研究関心が集まってきているといえる。一方、このことは、音楽を社会(学)的に研究することが、もはや社会学の特権ではなくなっていることを意味する。そこで本報告では、音楽を社会の側から一方的に説明するのではなく、むしろ音楽の側から、音楽の性質を十分考慮に入れつつ、社会を(また音楽自身を)理解する方法を模索することで、社会学が音楽を研究対象とすることの意義を再考したい。その際、音楽と社会とが出会う場所(これを「出来事」と呼べるかもしれない)について、わたしたちが経験する日常を起点に考えることが、探求の手がかりになると思われる。日常経験は個別的であり、集団的であり、また時間の中で移ろいゆく。これは音楽が経験される条件と同じであり、音楽の側から社会を理解する方法を考えるうえで示唆に富むのである。

    15:50~17:30 ディスカッション

構成メンバー

荒木 健哉 (2013年度入学/共生領域): 
奥坊 由起子 (2012年度編入学/表象領域): 
  イングランド音楽文化史  エドワード・エルガー、国民音楽論
黄 茜 (2016年度編入学/共生領域): 
焦 岩 (2014年度入学/表象領域): 
堤 万里子 (2014年度編入学/表象領域): 
  文化政策学  公立文化施設(音楽堂、劇場)
西澤 忠志 (2016年度入学/表象領域): 
  近代日本音楽史  明治期の批評
山口 隆太郎 (2013年度編入学/表象領域): 
  音楽哲学  演奏論 アルフレッド・シュッツの音楽論

研究会メンバー

牧野 広樹(京都大学大学院): 
  ドイツ文化史  青年音楽運動

活動歴

2014年度の活動はコチラ
2015年度の活動はコチラ

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