プロジェクト型大学院

プロジェクト型大学院
―ディシップリンからテーマへの転換―

日本の大学制度は今、近代化の初期に大学が創設されて以来、もっとも大きな変革の時代に直面している。学部から大学院までの教育研究システム全体が、国際的な水準を視野に入れた根底的な見直しをせまられている。高度な専門職技能の養成と、新たな時代の問題に取り組む研究者の養成がもとめられているのである。この新たな時代の研究者の養成に向けて立命館大学が提起しているのが先端総合学術研究科の構想である。
  基本的に学部の上に置かれた現在の大学院は、明治以来の近代的学問体系にのっとったディシプリン、すなわち専門分野の区分に基づいて構成されている。先端総合学術研究科は、20 世紀から今世紀に引き継がれた新たな質の、先端的なテーマに取り組む研究者の養成のために、特定学部を基礎とするのではない独立研究科とする。独立研究科としてディシプリンの総合化をはかり、また、研究所・センター群との連携によるプロジェクト研究における教育によって、大学院教育と先端的で総合的な研究との緊密な結合を実現することを基本的な狙いとしている。
(2003 年先端総合学術研究科開設文書から抜粋し、一部変更)

多様なプロジェクトが織りなす新しい大学院教育それ自体が一個の壮大なプロジェクトです

立命館大学の研究所・センター群は、これまでもプロジェクト研究によって多くの成果を上げてきました。こうしたプロジェクト研究を大学院教育に結びつけることは、それ自体がひとつのプロジェクトといっても過言ではありません。

プロジェクト型の教育・研究システムは、ほぼ月に1回のテーマごとの合同研究会や個別のプロジェクト、院生それぞれの課題に応じたフィールド調査、メディア制作などを通じて、新たな研究の潮流を生み出すことを目標とします。また研究会は専任スタッフを中心に学内外の第一線の研究者たち、さらにそのときどきのゲスト参加者を交えて開催され、研究ネットワークを形成します。

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 院生たちは、1、2年次には研究の基礎的な力を身につける勉強をしながら、こうした研究会や個別プロジェクトに準メンバーとして参加します。1、2年次に開設されるプロジェクト予備演習は、研究会やプロジェクトの各テーマに密接に関連して、テーマごとの基礎的な研究手法を身につける科目です。プロジェクト予備演習を担当する教員は、研究プロジェクトの一翼を担いつつ、テーマと院生ひとりひとりの問題意識を結びつける役割をもっています。2年次後期にはプロジェクト担当者自身が担当するプロジェクト予備演習で、博士予備論文の仕上げに専念します。期末に提出される博士予備論文は、プロジェクト研究に正式に共同研究者として参加するための資格審査の材料となります。

博士予備論文の審査に合格すると、その院生はもはや準メンバーではなく正式な共同研究者として、プロジェクト研究そのものの運営にあたって中核的な役割を果たすことになります。すなわち、計画的に研究を推進する日々の活動の一翼を担いつつ、、研究会や学外の諸学会等における成果発表を着実に積み重ねていくことになるのです。

研究科長からのメッセージ 千葉雅也 教授・研究科長

― 読んで書く ―

  

 先端総合学術研究科は2003年4月に創設された5年一貫制博士課程の大学院です。本研究科は2023年に20周年を迎え、その区切りを経て、2024年度より研究科長を私が務めることとなりました。任期は3年です。よろしくお願い致します。
 本研究科は大学院のみの組織であり、学部を持ちません。このような大学院を本学では独立研究科と呼びます。
 個人的な振り返りをお許しいただくならば、私がここ「先端研」に着任したのは2012年、東日本大震災の翌年でした。それから10年以上の歳月が経ちました。
 そのときは私が最も若い教員でした。初めて教授会に出席したときの感覚が蘇ってきます。そこで交わされる、しっかりと手続きを踏んだ「会議の言説」に初めて触れ、こういう場で何かを言うなんてできるのだろうかと戸惑ったのを覚えています。しかし気がついたら、意見を言うようになっていました。人間というのは慣れるものです。
 その後、2019〜20年度に副研究科長を担当することになりました。そのときの研究科長は小泉義之先生でした。同じくフランスの哲学を専門とする小泉先生の、裏方の仕事におけるさまざまな表情から、多くのことを学びました。
 本研究科の当初からのメンバーである小泉先生と西成彦先生は、2024年度を最後に立命館での教職を引退されました。
 2023年には、先端研を長らく支え、日本における障害学、マイノリティの諸研究のまさしく先端を開拓してこられた立岩真也先生が急逝されました。あまりにも大きな喪失であり、言葉になりません。
 町が変わっていくように、教育研究の空間も変わっていきます。
 異動された方々もおり、新たなメンバーも加わって更新されていきながら、先端研はその名にふさわしい場であるべく努めてまいりました。
 それにしても、気がついたら、一番年少だった僕が責任を担わなければいけない時代になっていて——それは近い時期にここにやってきた、ほぼ同世代の小川さやかさんもそうなのですが——奇妙な感覚を覚えています。
 2024年度には、哲学・倫理学をご専門とする戸谷洋志先生が着任されました。
 2025年度春からは、紛争地域における「移行期正義」の問題を研究されてきた、社会学をご専門とする阿部利洋先生が着任され、主に公共領域を担当されます。そして秋学期より、社会思想を専門とし、グレーバーやクラストルの翻訳等を通じて文化人類学の知識もお持ちの酒井隆史先生が着任され、主に共生領域を担当されます。
 この間、たくさんの学生たちがここを旅立ち、いろいろな立場で活動しています。研究者、大学教員を多数輩出してきたことはもちろん、多様な形で社会に関わる人々がいます。個性的な面々だと思います。
 学生の皆さんと議論していると、まだ自分が大学院時代の延長線上にいるような感覚があり、教員というより、チューターのような感覚で仕事をしてきたのかもしれません。しかし、気がついたら自分もそれなりの年齢になってしまった。
 震災の直後に関西に来て、そしてコロナ禍があり(まだ終わっていませんが)、戦争が起き、格差の拡大や気候変動といった深刻な状況が地球を覆っています。2030年が節目として意識されています(いわゆるSDGsの目標年)。
 本研究科は、ディシプリン=専門分野を横断して、各人の問題意識による研究プロジェクトを展開していくという研究・教育姿勢を方針としています。それは、「学問とは何か」自体の問い直しを含むような姿勢だと思っています。
 研究するということを人類史的にどのように考えていくかが改めて、根本から問われている状況が現在です。特定の研究対象に取り組むだけでなく、学問的知識、推論、コミュニケーションを人々のあいだでどのように活かしていくか。本研究科は当初よりそうした問い直しを行ってきました。
 世界は急速に変化しています。
 本研究科は、人文・社会系の研究が主ですが、従来の方法が今後も維持できるかは予断を許しません。昨年度、この挨拶文において私は、いわゆるAIの技術は、学問のあり方にも大きな影響を及ぼす「ことになるでしょう」と書きました。今、その時点での文章に修正を施しているのですが——それは「私」が、手作業で行っています——、ここは書き換えなければならないでしょう。AIが引き起こしているデジタル情報の取り扱いの革命的変化は、まさに現在進行形で学問のあり方を変えつつある、というふうに。それによって、知的生産の社会的、倫理的位置づけも変動しています。
 「先端」を名乗る以上、我々の大学院は、変化する世界において提示されるべき学問像を探求する場でなければなりません。
 しかし、だからこそ、ここでの教育はつねに基礎を重視し続けるべきだと私は考えています。文系の大学院とは、「読んで書くこと」を深める場所です。
 これからも人間は「読んで書くこと」を続けるのでしょうか。それも不確かな状況になりつつあると思います。言葉を信じること——いつか、情報のノイズがあまりにも増え、エントロピーが高まって、それがどういうことであったかがわからなくなる時代が来るのかもしれません。
 そうだとしても、言葉を用いて人が人に何かを伝える、言葉によって人を信じるということ、それが人類史において最大の重要性を持ってきたということを、いかなる未来予想があろうとも、継承するべく努力を続けなければならないと私は思います。
 ここには多様なテーマを持った人々が集まってきます。そして、それを形にしようとする。つまり書こうとする。私たち教員もまた、読み続け、書き続けています。
 ここは、言葉と向き合うためのひとつの空間です。
 

2025年4月1日
千葉 雅也

歴代研究科長からのメッセージ

2003~2005年度 渡辺公三教授
2006~2008年度 西成彦教授
2009~2011年度 小泉義之教授
2012~2014年度 松原洋子教授
2015~2017年度 西成彦教授
2018~2019年度 小泉義之教授
2020~2023年度 美馬達哉教授